“城山公園の植樹祭”は3月11日です
植樹祭の日が迫ってきました。大勢の参加をお待ちしています。
平成20年から、放置された竹や雑木を切り倒し、5年がかりで取り組んでいます。今回で予定の植樹は終了し、桜70本、つつじ1000株を配置した城山公園が完成します。
今回の植樹祭は、桜27本と,つつじ150株を有志の皆さんで植樹して、記念写真を撮るなど、楽しい半日にしたいと存じます。
日時は、3月11日午前9時から、京丹後市峰山町丹波の“城山公園丹波城”で行います。
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平成20年から、放置された竹や雑木を切り倒し、5年がかりで取り組んでいます。今回で予定の植樹は終了し、桜70本、つつじ1000株を配置した城山公園が完成します。
今回の植樹祭は、桜27本と,つつじ150株を有志の皆さんで植樹して、記念写真を撮るなど、楽しい半日にしたいと存じます。
日時は、3月11日午前9時から、京丹後市峰山町丹波の“城山公園丹波城”で行います。
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丹後旧亊記(47)
都合八十六人の諸将が追々と弓木城に馳せ集まる。この催し誰いうとなく田辺の城へ聞こえたので藤孝は一家中の諸士を集めた。まず聟入りの事、延引の使者を弓木へ遣わそうと上羽左衛門、村上久右衛門を召だして、老人、昨夜より余寒の障で不快になったので御入りの役は調いがたく存じ、暫く延引下され度いとの趣を両人に申し送った。三郡の諸将は相談がまとまらなかった上に、会談の様子を両人に見つけられ面目なく思う人が多かったので、時期が悪いと密談をやめ、銘々は領所へ引き取った。然る処に織田信長より回章が来て、急に密事を談ずる儀があるので明智光秀、長岡藤孝と同道で上京されたい由を申してきた。心良からぬ一家三人を京都へ召される事だと心得ねばと大江・杉山に談じられ、この度の信長の命にそむけば明智光秀、長岡藤孝等に命じて大軍を以て当城を攻め滅ぼされる。もし同道して上京すれば道にて家を失うことになる。所詮亡びる運命なら、田辺へ出城して藤孝父子の本心を聞き透かし、そうであるならば両人を討ち果たして城を枕に腹を切り、若し運に叶うなら一国を本領に返そうと同廿三日、義俊は田辺へ出城した。
丹後旧亊記(46)
与佐郡、加佐郡にあって一色家に従う諸将には
岩瀧城主 千賀常陸守
伊根城主 千賀山城守 嶋津藤兵衛
嶋津伊織 倉内将監
泊村城主 三富豊前守 同左馬亮
田原城主 小出左京進
男山城主 高岡出羽守
松尾城主 坂野四郎左衛門
瀬屋城主 上野甚太夫 前野半助
片岡惣十郎
須津村城主 江木七郎 同豊後守
上山田城主 垣見筑前守
四辻亀山城主 荻野悪右衛門 石川悪四郎
伊久地城主 赤井五郎 同平治
石川左衛門 同文吾
同五郎左衛門
石川城主 金屋伊豆守
温江城主 藤田左衛門 足田孫四郎
新井佐吉郎
金屋城主 赤尾彌三左衛門
瀧村城主 石川彌左衞門
以上三十人
岩瀧城主 千賀常陸守
伊根城主 千賀山城守 嶋津藤兵衛
嶋津伊織 倉内将監
泊村城主 三富豊前守 同左馬亮
田原城主 小出左京進
男山城主 高岡出羽守
松尾城主 坂野四郎左衛門
瀬屋城主 上野甚太夫 前野半助
片岡惣十郎
須津村城主 江木七郎 同豊後守
上山田城主 垣見筑前守
四辻亀山城主 荻野悪右衛門 石川悪四郎
伊久地城主 赤井五郎 同平治
石川左衛門 同文吾
同五郎左衛門
石川城主 金屋伊豆守
温江城主 藤田左衛門 足田孫四郎
新井佐吉郎
金屋城主 赤尾彌三左衛門
瀧村城主 石川彌左衞門
以上三十人
丹後旧亊記(45)
熊野郡
佐野庄陣代 佐野備前守
女布村城主 氏家大和守
安田城主 仲原権之左衛門
一分城主 森脇宗玻
水取城主 小寺小次郎
意布伎城主 小国若狭守
大井城主 牧左近之進
阪井城主 赤井悪次郎
長良城主 岩田丹後守
日村谷 松倉諏訪守 小西入道宗雄
香久山勝右衛門
浦明城主 栗田内膳 岩田角之丞
以上十四人
佐野庄陣代 佐野備前守
女布村城主 氏家大和守
安田城主 仲原権之左衛門
一分城主 森脇宗玻
水取城主 小寺小次郎
意布伎城主 小国若狭守
大井城主 牧左近之進
阪井城主 赤井悪次郎
長良城主 岩田丹後守
日村谷 松倉諏訪守 小西入道宗雄
香久山勝右衛門
浦明城主 栗田内膳 岩田角之丞
以上十四人



